御冗談でしょう?中畑さん。1
ムッシュ中畑は三日三晩にわたって高熱を出した。
頑丈な男だ。風邪など引いたこともない。ムッシュ中畑の周りの者は皆驚いた。
職場「モグラ養殖研究所」を高熱で早退してから4日後中畑は無事仕事に復帰した。
元来中畑は、伊達男として評判だった。彼はコクトーに心酔しておりカルティエの三連リングを小指にはめながら仕事をした。遅刻の常習犯で、定時に職場に来ることは一度もなかった。ピカピカに磨き上げられた緑色のジャガーXKポートフォリオに乗って毎日御殿山の自宅マンションに帰った。モグラ養殖研究所の給料では決して出来ない暮らしだったが金の出どころは誰にもわからなかった。某消費者金融創業者一家の末っ子だという噂があったが本当のところは誰にもわからなかった。
ところで誰もムッシュの小指のアクセサリーや目に余る遅刻、ジャガーのオープンカーでの通勤をとがめることができなかった。
彼は粉砕したモグラの液体から作られる再生エネルギーの事業部で一番頭のキレる男だったし。動物愛護団体との調整役も卒なくこなした。とにかく仕事ができたのだ。
「モーツァルトは死ぬのが早すぎたとは思えません、死ぬのが遅すぎたように思えます。」
クラシック音楽にも造詣が深い中畑は、定期的なヨーロッパへの出張中、暇さえあれば現地の女を口説き、ベルリンフィルやウィーンフィルの演奏を女と楽しんだ。その後はスマートに寝た。何をやっても絵になる男だった。
そんなわけで周囲の人間は敬意の念と僅かな嫉妬を籠めて彼を「ムッシュ中畑」と呼んだ。