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ジープ・チェロキーはなかなかにナオン受けのいい車だ。 とりわけ自分で物事を考えるために必要な脳の一部分がネイルカラー除光液の乱用に付随するアセトン吸引により萎縮してしまっているような女性から一定のポピュラリティを勝ち取っていると言える。

胸が高鳴る未知への冒険。その旅路に必要な落ち着きに満ちた快適な空間。機能性を追求しながら、細部に至るまで上質に仕上げたインテリアには、ライフスタイルを変える居住性と利便性が息づいています。 

 

 杉並のディーラーでジープのセールスマンが唾を飛ばしながら放ったセリフを僕は声に出して唱えてみる。

やはりいい文章だ。「未知への冒険」と「その旅路」という文句がとりわけ素晴らしい。理想と現実のすり合わせを一切無視して、インチキなことを言う確信犯的な大胆さに僕はひたすら感銘を受ける。

 

周知のとおりチェロキーに乗って「未知への冒険」に繰り出す人間は絶滅の一途をたどっている。そもそも最初からそんな人間はいなかったかもしれない。

災厄と言ってもいい燃費のジープチェロキークイーンズ伊勢丹と自宅の往復。あるいは子供のサピックスへの送迎でしかそのアホみたいな燃料タンクを空にすることが出来ない。なんとも不運な十字架を背負った鉄の塊だ。

 

ところで、僕は残念ながら「未知への冒険」に心を躍らせることが出来るほど無邪気にはなれないし進んでなりたいとも思わない。しかし「ひょんなことから土にうまってしまったお父さん」を出しに行かなければならないというタスクを抱えている。それはちょっとした冒険みたいなものかもしれない。僕はジープジャパンが想定するチェロキーの理想的運転手の役柄を場合によっては担うことができるかもしれない。

幸か不幸かサウナのおかげで頭も冴えわたってしまっている。一緒にコストコにいってくれるはずの女の子も助手席にいない。いい頃合いなのかもしれない。

僕はだだっ広いサウナ屋の駐車場でカルピスソーダを飲みながらカーナビを操作し注意深く目的地を入力することにした。

僕は初恋の味がする飲み物を半分残してしまったので、隣に停まっている車のボンネットの上に初恋の味を放置しに行った。

しばらくして車内に戻ってくるとナビの機械的な声が車内スピーカーを通して聞こえてくる。素晴らしいタイミング。

 

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