土 .5

「されど、死ぬのはいつも他人」

ルーアン記念墓地 マルセル・デュシャン墓石より

 

僕はパークシティ浜田山の住所をカーナビに入力した。そこにいけば「ひょんなことから土に埋まってしまったお父さん」がどこに埋まっているのかわかるらしい。コストコへ一緒に行った例の女の子が親切なことにラインで教えてくれたのだ。

 

「ぼくちゃん、パークシティ浜田山E棟●●●室に行ってね。なんとか時間をとってもらったの。21時きっかりに、エントランスで私に紹介されて来たことを伝えるの。」

 

サウナで火照った体はクールダウン。ジープチェロキーは井の頭通りを環八方面にお行儀よく走っていく。

21時には間に合いそうになかったが僕は法定速度を遵守する。真面目が取り柄だからだ。

不幸なことにしばらくすると真っ黒なマセラティが後ろからビタビタにチェロキーを煽ってくることに気づく。トクトクとマイペースに走っていたいだけなのに…こんなのってひどい。僕は少し泣いてしまう。2分ほどで涙が一通り枯れると今度は胸のあたりで怒りのファイヤがコンコンと静かに、しかし激しく燃え上がる。

「真面目な人間が損をする世の中なんて…あってはならないこと…!」

たしか左派政党の誰かもそんなことを言っていた気がする。僕のセリフも大筋そいつからの受け売りだ。

 

ああ、悲しいかな。誰もこの窮地を救ってはくれない。僕は「赤ちゃんが乗っています」ステッカーが欲しくなる。マセラティ乗りの半グレも人の子だ。「赤ちゃんが乗っています」ステッカーを見てくれさえすればギラギラとした気持ちも多少落ち着くだろう。安らぎを振り撒いていくことは僕にとって人生における最重要使命なのだ。

帰ったらアマゾンでステッカーを買おう。今晩のto doリストはステッカー購入で締めくくりだ。僕ができるのは、何かを買う、何かを売る、あるいは何かを辞めることだけなのだから。ちょうどいい。

心苦しいが23歳になっても僕は何も生み出さない。高度消費社会から得られる限りの恩恵を受けていながら、そのくせ何も還元できていない。うんこをして飯を食べ、アマゾンで「赤ちゃんが乗っています」ステッカーを買うだけ。大学にも通ったのに覚えたのはたったそれだけ。

僕は急に悲しい気持ちになった。このままだと井の頭通りで大事故を起こしてしまうかもしれない。僕はカップホルダーに入れてあるデパスを一錠だけ水なしで飲むことにした。大丈夫。大丈夫だよ、ぼくちゃん。大丈夫。

 

デパスのおかげだろうか?しばらくすると後ろにいたはずのマセラティは細い路地に左折していく。

マセラティも大丈夫になったし、時速70キロで煽ってきた半グレのおかげで21時までに浜田山に着きそうだ。全部大丈夫になった。素晴らしい。

大丈夫な僕は高井戸西交番を左折する。あの半グレ・マセラティが杉並警察に逮捕されることを夢見ながら運転をしていると件のマンションが見えてくる。

E棟はどれだろう?

 

「目的地周辺です 音声案内を終了します。」