スタインウェイの上、オレンジジュース8

Eyes low, chin heavy shoegazer
目線は落ちてて、うつむいてるシューゲイザーみたいだ

Moonwalkin’, R.I.P. Stanley Kubrick
ムーンウォークなんてしてさ、安らかに眠れStanley Kubrick、

Frank Ocean 「Provider」

 

閑静な住宅街の中をゆっくりと走っていく。

芸術文化センターなる建物付近に僕はコインパーキングを見つける。

 

大きなチェロケースを背負い住宅街の中を2分ほどダラダラ歩く。グーグルマップを確認し教えられた住所に僕は少しずつ近づいていく。履いているボロボロのスニーカーからカラカラとクルミの転がるような音がする。おそらく小石が破れたソールに入り込んでメルヘンな音を出しているのだろう。僕は靴を見て少しだけ惨めな気持ちになってしまう。

 

カラカラと音を出しながら歩いていると、ようやく指定された住所の前に到着する。

 

真っ白なモルタル造りの外壁に木製の重厚なドア。屋根の下には、鍬のような形をした妻飾りがあつらえてある。建売のなんちゃって南欧風住宅とは一線を画す本格的な南欧テイストの住宅に僕は短く溜息をつく。

木製の鎧戸は経年劣化こそしているものの、それはそれでなんだか親しみやすい家の雰囲気を醸し出すことに成功している。「何も言うことはない。趣味がいい。」

僕はそう言いたくなるが、奇妙なことに敷地内には南欧テイストの家とは打って変わり、家主のこだわりを一切感じさせない無味乾燥な外観の家が一軒建っている。

僕は「まあいいや」と思う。どちらかの家の人間にチェロを教えればいいのだろう。

 

面倒なので二つの家に共用のエクステリアを開けて、南欧テイストの家のインターフォンを押してみる。おそらくこの家の住人が今日の生徒なのだろうという直感を頼りにする。

家主が出てくるまでの間に自分の直感がそれほど当てにならないことを僕は思い出し、軽くbadに入ってしまう。

 

「ねえ、何歳だと思う私?ねえ」

僕は女性が仕掛けてくるこの手の質問に対して満足な回答を導き出せたためしがない。「32歳!」と言った女性が実際は29歳だったとき。僕は自分の直感を今後は当てにしないと固く誓った。直感に従った回答ではチンコを握ってもらうことなど出来やしないのだ。

僕はいくつかの失敗を経てようやく気が付いた。

きっと男女の会話というのはサービスの応酬を重要な構造基盤としているのだ。

「23歳でしょ。ええ違うの?同い年だったら嬉しいなと思って23歳って言ったんだ」やらなんやら言うのが正解なのだろう。

 

チンコを握ってもらうために僕たちはこうやって少しずつ打算的になっていくのだろうか。

あと20年もすればインポテンツに悩みはじめ、痰がのどに絡むようになるのだろうか。極め付きに臭いにおいを体中から排出し周りの人間から煙たがられるようになるのだろうか。青汁を通販で購入してはバカみたいに延命を試み、挙句の果てに子供や孫から金を搾られるだけ搾り取られて死んでいくのだろうか。

そうなのだろうか。そうなのだろう。そうなのだ。

 

「なんだい。もう!」

僕をbadから引きずり出したのはドアを勢いよく開けた家主のおばさんだった。髪は派手に染められ、化粧もどぎついおばさん。爪も真っ赤だった。

踵を返して車に戻りたくなってしまった。僕はちょっとうつむいた。

靴はボロボロのままだった。