御冗談でしょう?中畑さん。9

「しばらく、連絡をとることができません。でもアロマ君のことが嫌いになったとかそういうのじゃありません。私から連絡できればいいなと思っています。ごめんなさい。」

 

中畑の家に行ってから二週間ほどだろうか。女の子からラインが来た。

僕は何度かラインをした。電話もしてみた。けれど女の子は一度も出てくれなかった。

 

トーク画面をスクロールして昔のやり取りをボンヤリと目で追った。

 

トークルームの写真・動画という項目も同じようにスクロールする。ラインを交換してから一番最初に送られて来たのはペッパー君と女の子のツーショット写真だった。彼女の大学にペッパー君がやってきた記念に撮られた写真だ。唇を咬んでいたが目は笑っていた。

他にも二人で一緒に映画を見に行った時に目印として撮った待ち合わせ場所の写真。マルイチベーグルで買った小豆バターのベーグルサンドの写真など色々あった。

最後に送られて来た写真は黄色い蝶の写真だった。

「みて。部屋に蝶々が入ってきた!もうどこかに行っちゃったんだけどすごく綺麗だったよ。」

写真。中畑の家に行く10日前に送られて来た写真。僕は女の子の部屋に入ったことがなかったので、蝶よりも写真の端に映っているベッドや本棚に興味があった。カーテンの色は素敵なブラウンゴールドだった。僕は女の子の部屋に遊びに行ってみたいなと思った。

 

結局短期アルバイトに行ったり、渋谷のクラブまで踊りに行ったりして僕は一人の時間を潰した。週に一度は原美術館のカフェに行ってビールを飲んだ。もしかしたら女の子が来ているかもしれない。そう思って彼女が褒めてくれたイソップのファブリックミストを洋服に吹き付けて原美術館に行った。結局彼女には会えなかった。

 

新品のファブリックミストが三分の一なくなったころ。中畑と僕は原美術館で再開した。

 

ムッシュ筑摩書房ハーバート・スペンサーコレクションを読みながらジンジャーエールを飲んでいた。

「失礼」中畑は僕に気が付くとトイレを指さして。立ち上がった。彼は水の入ったグラスを持ってトイレに消えていった。

中畑がトイレに行っている間。僕はカフェの向こうの芝生をみていた。小さな男の子が芝生をむしって空に向け投げていた。

 

しばらくするとムッシュ中畑は戻ってきた。

 

「お久しぶりです。この前私の家でお会いして以来でしょうか。お聞きぐるしい か っ もしれませんがご容赦ください。薬が まだ効いていないので。」

「そんなことありません。こちらこそ突然声をかけてしまいすいません。久しぶりにお会いできて嬉しかったものですから。」僕はジンジャエールを注文してからそう言った。

「聞きたいことがあるのではないですか?」

中畑はハーバート・スペンサーコレクションに栞を挟んでからそう言った。

吃音の症状はピタッと止んでいた。