スタインウェイの上、オレンジジュース10

家主のおばさん。つまり今日のレッスンの相手は誰に頼まれるでもなくスタインウェイのグランドピアノに手を触れた。手はシワシワで爪は真っ赤だ。ロブスターみたいだ。 モーツァルト〈ハ単調のフーガK394〉 いつかゼルキンが弾いている音源を聴いたことがあ…

スタインウェイの上、オレンジジュース9

「チェロのレッスンで伺いました。本日のお約束だったと記憶しています。」 「ああ、今日だったのか。悪いことしたねえ。上がってほら。」 おばさんの喋り方はとてもぞんざいだった。しかしながら人を不快にさせるようなものでもなかった。一部の人間にのみ…

スタインウェイの上、オレンジジュース8

Eyes low, chin heavy shoegazer目線は落ちてて、うつむいてるシューゲイザーみたいだ Moonwalkin’, R.I.P. Stanley Kubrickムーンウォークなんてしてさ、安らかに眠れStanley Kubrick、 Frank Ocean 「Provider」 閑静な住宅街の中をゆっくりと走っていく。…

スタインウェイの上、オレンジジュース7

二日雨が降りそれから三日続けて晴れた。また雨が降った。その次の日。つまり土曜は快晴だった。 雨が降っている日。僕はおとなしく家で静かにPorn Hubをみる。 たいていはインド人夫婦の動画だ。じっくりと時間をかけて細部まで鑑賞する。 インド人夫婦の10…

スタインウェイの上、オレンジジュース6

代表はアイスコーヒーを入れたグラスを二つ持って戻ってきた。 「お願いって言うのはなんですか?」僕はコーヒーを少しだけ口に入れてから質問した。飲んだコーヒーは薄くもなければ濃くもなかった。よく言えばベーシックな味だったし悪く云えば凡庸な味だっ…

スタインウェイの上、オレンジジュース5

代表はIDMと言われる種類の音楽を聴きながら爪を切っているところだった。パチン、パチン、パチン。 「IDMってみんなどんなときに聴くんですかね?ドライブでかけたら嫌われちゃいそうだし、踊れるわけでもないし、くつろげないし。」 左手の小指まで…

スタインウェイの上、オレンジジュース4

世界がまだ若く、5世紀ほどもまえのころには、人生の出来事は、いまよりももっとくっきりとしたかたちをみせていた。悲しみと喜びのあいだの、幸と不幸のあいだのへだたりは、わたしたちの場合よりも大きかったのだ。ホイジンガ『中世の秋』 僕は受け持ちの…

スタインウェイの上、オレンジジュース3

ベトナム航空で行く 送迎なしの自由旅行! 嬉しいアメニティ付き プーケット島7日間ダイヤモンドクリフリゾート&スパに滞在 HIS首都圏版より 恋人のビキニからタンポンのひもが出てしまっていることを指摘するとき。我々はパートナーに対して「タンポンの…

スタインウェイの上、オレンジジュース2

21歳のころ。バイト先の代表に今月いっぱいで退職させてもらいたいという希望を 伝えようと思い立ったとき、再びあのマントラが聞こえて来た。 「今日できることは明日にのばせ」 約一年間。井の頭公園の近くにあるチェロ教室でアルバイトの講師をしていた…

スタインウェイの上、オレンジジュース1

「今日できることは明日にのばせ」 家訓だ。 いつもいつも「今日できることは明日にのばせ」をマントラのように飽きずに唱えた。おかげさまで化学のテストは毎回赤点だった。しかしまた高名な密教の僧侶だってこれほど真面目にマントラを唱えやしないだろう…