先生ちゃん。

ご長寿経済番組ブルガリア神殿に出演しているカエルのような見た目の中年男が先生ちゃんの目の前で四つん這いになっている。男は尻の穴を広げられ低く湿った声を漏らしていた。「全部うまくいった。やることなすこと全部な。わかるわけだ。どこで勝負すれば…

富士額

「持っている富士額をみてみたいんですよ。悪い話じゃない。オフィシャルな場でお会いするので構いません。少しでも怪しいと思ったら逃げればいいんです。」 私はイヤホン越しに聞いた野太い声を耳の外に追い出そうと試みながらJR山手線渋谷駅で下車する。…

終わらない梅雨の空には。栞をつけましょう。

列島から四季がなくなっておおよそ2年たった。 人びとは雑煮を雨の中食べた。梅雨のせいだ。 卒業式も入学式も雨だった。梅雨だ。 海水浴場にはサーファーしか来なかった。8月は毎日雨だった。梅雨。 一学年における大学生の留年者数は10年前のそれに比べ…

手を挙げて。私は足を挙げる2

静音さんは西日本でカステラ屋を営んでいる家の次女として周囲からたくさんの。つまり雑多な愛情を注がれて育った。 彼女を取り巻く人間。つまり、静音さんの家族は彼女を甘やかしているというわけでもなかった。彼女はテレビを見ないで育ったしそれほどの金…

手を挙げて。私は足を挙げる1

各々が各々の手を挙げる。特に理由はないけれど手を挙げる。 人びとは手を挙げる練習をするために週に一度広尾駅のすぐ近くにある祥雲寺というお寺に集まる。 「はい!」 「はい!」 「はいーっ!」 それぞれが異なった境遇からこのお寺に集まって手を挙げる…

シラスの靴3

シラスの靴を履いたなら。 綺麗な足首ご満悦。 あなたも私も海の中 こっちにおいでよ、塩の粒。 あなたの身体の塩の粒。 ちょこっと私が舐めちゃうわ。 『シラスの靴』ベネディクト・アロンハイム 自転車を10分ほど漕ぎ指定された住所の前で停止する。 木で…

シラスの靴2

用水路に架かった橋から下を覗くと鯉がたくさんウヨウヨしている。 クヨクヨしながら食べきれなかった食パンをちぎって「えいやっ」と投げてみる。 人差し指と親指でこねられた鼻くそみたいなパンの破片はたくさんの鯉に向かって垂直落下していく。威勢のよ…

Dancing on the Ceiling

[証言1] 蜘蛛くん よく床で眠る人だったね。近くにベッドもあるんだ。なのに床で眠るんだよ。 たいていは浮かない顔してた。よく家の中にお邪魔してたんだけどさ。 僕がダンスしてるところ。たくさん見てくれたんだよ。結構いい顔してたよ。そういうときだ…

スタインウェイの上、オレンジジュース10

家主のおばさん。つまり今日のレッスンの相手は誰に頼まれるでもなくスタインウェイのグランドピアノに手を触れた。手はシワシワで爪は真っ赤だ。ロブスターみたいだ。 モーツァルト〈ハ単調のフーガK394〉 いつかゼルキンが弾いている音源を聴いたことがあ…

土 .7

何日たったのだろう。2日くらいだろうか?よくわからなかった。 僕は縦横2mの四角い大きな箱に入っている。 * 「この中へ」 僕をリビングルームまで案内した女は手に持っていた黒いコットン製のシャツとテロテロとしたズボンを渡しリビングから消えていっ…

チロシン

「バカな!俺たちあと5年と経たずに死ぬっていうのか!?。チロシンを毎日欠かさず飲んでいたというのに!?」 先月ここに入ってきた男が叫んでいる。 「亜鉛、グルタミン、ビタミンはなんだったんだ…」 「あとあれだよ、ナウフーズで買ったビオチンは!?…

スタインウェイの上、オレンジジュース9

「チェロのレッスンで伺いました。本日のお約束だったと記憶しています。」 「ああ、今日だったのか。悪いことしたねえ。上がってほら。」 おばさんの喋り方はとてもぞんざいだった。しかしながら人を不快にさせるようなものでもなかった。一部の人間にのみ…

スタインウェイの上、オレンジジュース8

Eyes low, chin heavy shoegazer目線は落ちてて、うつむいてるシューゲイザーみたいだ Moonwalkin’, R.I.P. Stanley Kubrickムーンウォークなんてしてさ、安らかに眠れStanley Kubrick、 Frank Ocean 「Provider」 閑静な住宅街の中をゆっくりと走っていく。…

御冗談でしょう?中畑さん。10

「『「絵を描く人の絵」を描く人の絵』を描く人の絵を…」 再帰性 ムッシュ中畑の吃音はなくなっていた。薬が効いているのだろうか。とても素敵な声をしていた。テレビCMのナレーションとして食べていくこともできるのではないか。僕は真剣にそう思った。彼…

土 .6

ぼくちゃんは自分で自分を操作しているような感覚の中にいた。 彼はジープチェロキーを操作している自分を操作しているつもりでいた。 パークシティ浜田山E棟の目の前にある並木道に車を横付けしたのは8時56分だった。 「僕はサイドブレーキを引く」 彼は…

御冗談でしょう?中畑さん。9

「しばらく、連絡をとることができません。でもアロマ君のことが嫌いになったとかそういうのじゃありません。私から連絡できればいいなと思っています。ごめんなさい。」 中畑の家に行ってから二週間ほどだろうか。女の子からラインが来た。 僕は何度かライ…

スタインウェイの上、オレンジジュース7

二日雨が降りそれから三日続けて晴れた。また雨が降った。その次の日。つまり土曜は快晴だった。 雨が降っている日。僕はおとなしく家で静かにPorn Hubをみる。 たいていはインド人夫婦の動画だ。じっくりと時間をかけて細部まで鑑賞する。 インド人夫婦の10…

土 .5

「されど、死ぬのはいつも他人」 ルーアン記念墓地 マルセル・デュシャン墓石より 僕はパークシティ浜田山の住所をカーナビに入力した。そこにいけば「ひょんなことから土に埋まってしまったお父さん」がどこに埋まっているのかわかるらしい。コストコへ一緒…

シラスの靴1

夜も遅くなってくると、用水路に面した僕の家の前からは人通りがなくなってしまう。ときたま気の狂った人の「きぃえええええええええ」という叫び声や、改造されたミニバンの「ブロロロロッ」というマフラー音が耳に入ってくる。 「もしもし。よっす。」バキ…

御冗談でしょう?中畑さん。8

「どうしても外せない取引先とのアポイントメントがあったので駐車場までは行きました。しかしそこで倒れてしまったというわけです。」 中畑はリタリンの粉末を再度スニッフしてからそう言った。 「それから吃音の症状が出始めたんです。倒れてしまったとき…

土 .4

ジープ・チェロキーはなかなかにナオン受けのいい車だ。 とりわけ自分で物事を考えるために必要な脳の一部分がネイルカラー除光液の乱用に付随するアセトン吸引により萎縮してしまっているような女性から一定のポピュラリティを勝ち取っていると言える。 胸…

土 .3

Here comes the sun Here comes the sun, and I say It's all right 太陽が昇る ここに太陽が昇ってくる。僕は言うんだ 大丈夫だね! The Beatles 『Here come the sun』 サウナに入った後で水風呂に浸かると脳の負荷が軽くなる気がする。 もやもやとした霧…

スタインウェイの上、オレンジジュース6

代表はアイスコーヒーを入れたグラスを二つ持って戻ってきた。 「お願いって言うのはなんですか?」僕はコーヒーを少しだけ口に入れてから質問した。飲んだコーヒーは薄くもなければ濃くもなかった。よく言えばベーシックな味だったし悪く云えば凡庸な味だっ…

スタインウェイの上、オレンジジュース5

代表はIDMと言われる種類の音楽を聴きながら爪を切っているところだった。パチン、パチン、パチン。 「IDMってみんなどんなときに聴くんですかね?ドライブでかけたら嫌われちゃいそうだし、踊れるわけでもないし、くつろげないし。」 左手の小指まで…

御冗談でしょう?中畑さん。7

おめめの小さなもぐらさん 君はちょこっと下をほる 暗くてあったか、お土さん ここは天国、君だけの ひとつ、あたしもつれてって… ー忘れられた歌 ふと 中畑は気が付く。彼は暗く湿った広場にポツンと一人で立っている。 少しずつ暗闇に眼が慣れてくる。自分…

スタインウェイの上、オレンジジュース4

世界がまだ若く、5世紀ほどもまえのころには、人生の出来事は、いまよりももっとくっきりとしたかたちをみせていた。悲しみと喜びのあいだの、幸と不幸のあいだのへだたりは、わたしたちの場合よりも大きかったのだ。ホイジンガ『中世の秋』 僕は受け持ちの…

スタインウェイの上、オレンジジュース3

ベトナム航空で行く 送迎なしの自由旅行! 嬉しいアメニティ付き プーケット島7日間ダイヤモンドクリフリゾート&スパに滞在 HIS首都圏版より 恋人のビキニからタンポンのひもが出てしまっていることを指摘するとき。我々はパートナーに対して「タンポンの…

土 .2

やっぱり、俺は頭がどうかしてるかな?ハンモックを蜘蛛の巣と間違えるなんて。だが、俺が近眼だって、俺のせいじゃない。 レイモン・ラディゲ『ペリカン家の人々』 土にうまってしまったお父さんを出してきなさいと言われ、しぶしぶ車のエンジンをかけたま…

御冗談でしょう?中畑さん。6

僕たちはサムギョプサルをつまみにして10本ほどの缶ビールを空にした。 中畑は変わらないペースでビールを飲み続けたが女の子はだんだんと気分がよくなっていった。僕も少し酔いが回ってきたのか僅かに首が熱くなっていた。 「ホァウッ、ホウアアアウッ!ハ…

御冗談でしょう?中畑さん。5

それでもなお、モーセは主に言った。「ああ、主よ。私はもともと弁が立つ方ではありません。あなたがわたしにお言葉をかけてくださった今でもやはりそうです。全く私は口が重く、舌の重い者なのです。」 出エジプト記4章10節 御殿山のマンションにつくとムッ…