御冗談でしょう?中畑さん。5
それでもなお、モーセは主に言った。「ああ、主よ。私はもともと弁が立つ方ではありません。あなたがわたしにお言葉をかけてくださった今でもやはりそうです。全く私は口が重く、舌の重い者なのです。」
出エジプト記4章10節
御殿山のマンションにつくとムッシュ中畑が車を駐車場まで案内してくれた。
ムッシュ中畑はパタゴニアのパキッとしたピンク色のハーフパンツにネイビーのTシャツを着ていた。ゴールドスミスのサングラスは彼にとてもよく似合っていたがレンズは深いグリーンで、表情はよく分からなかった。
「真ん中に」
ムッシュの指さした洞窟のような屋内駐車場には緑色のジャガーXKポートフォリオとグレーメタリックのボルボXC90がお行儀よく駐車されていた。当然ながらどちらもピカピカだった。
女の子は二つの車の間にルノー・トゥインゴをとても器用に駐車した。
クリクリした目を細めてサイドミラーを確認する彼女は先月免許を取ったとは到底思えないほどエレガントだった。世の中には様々な人間がいる。運転は苦手だが駐車は得意という人がいても全く不思議ではないのかもしれない。
「お休みの日にお邪魔して申し訳ありません」僕はお土産に買ったまるごと一つ梨が入った蒸留酒をムッシュに渡した後でそんなようなことを言った。
「いえ、お誘いしたのは 私ですから 」
独特の間があったが、中畑はサングラスを外し控えめな笑顔でそう言った。僕は不思議と落ち着いた気持ちになった。
我々はムッシュ中畑の自宅に入ってから各々の荷物をソファーに置かせてもらった。
当然趣味のいいソファーだったがデザイナーズの物ではなかった。デザインより快適性に重きがおかれているのだろうか。けれど品のいいソファーに変わりなかった。
「お腹 すいてませんか」ムッシュはサムギョプサルをダイニングテーブルに用意していた。僕はサムギョプサルが好きだと以前女の子に話したことを思い出した。そのことを聞いてわざわざ準備していてくれたのだろうか?
「早く食べたいね。私辛い物とっても好き」
「豚バラも 焼いたばかりだよ。温かいうちに食べよう か」
中畑は女の子と僕のグラスにビールを注いでくれた。
彼のグラスには僕がビールを注いだ。
女の子が「サル―!」と言った。
僕たちも「サル―!」と言った。