御冗談でしょう?中畑さん。6
僕たちはサムギョプサルをつまみにして10本ほどの缶ビールを空にした。
中畑は変わらないペースでビールを飲み続けたが女の子はだんだんと気分がよくなっていった。僕も少し酔いが回ってきたのか僅かに首が熱くなっていた。
「ホァウッ、ホウアアアウッ!ハアアッ!」
テンションが上がった女の子は赤羽で週に一度習っているカンフーの技を僕たちに披露してくれた。それで満足したらしく、パフォーマンスが終わったあとでぐっすりと眠ってしまった。カンフーはよくわからなかったが僕たちは礼儀正しいので控えめに拍手をした。中畑は女の子を起こして来客用の寝室に連れていきベッドに彼女を寝かせた。30秒ほどで中畑はリビングルームに戻ってきた。
「音楽でもかけましょう」
中畑はシェーンベルクの歌劇『モーゼとアーロン』をかけた。おそらく指揮はシェルティによるものだった。JBL・Paragonは中畑のリビングルームに完璧に調和していた。
「実物のParagonを見たのは初めてです、ついつい感情的になってしまいます。本当に素敵なスピーカーですね。」僕は少し早口になってしまっていたかもしれない。しかし中畑も悪い気はしなかったのだろう。先ほどプレゼントした梨の蒸留酒を僕のグラスに注いでくれた。子供とキャッチボールをしている父親のように柔和な表情をしていた。
「リタリンがあります。どうですか」
唐突に中畑が言った。
僕は少し迷ったが「ぜひ」と言った。どこで手に入れたのか気になったが聞かないでおこうと思った。
中畑は錠剤をすり鉢で潰したあとでトレーに移しスニッフした。
僕は中畑から一錠だけリタリンをもらい、口に入れた後で、同じようにトレー上の粉末をスニッフした。
しばらくして、僕は今朝剥いたゆで卵のことを唐突に思い出した。縁で卵を強く叩きすぎて半熟の黄身が飛び出してしまったのだ。
僕は思った「今なら完璧に、傷一つつけることなくゆで卵を剥けるだろう」繊細な力加減が今この瞬間自分に備わったのだ。
これからはもう黄身が飛び出ることはない絶対に。僕は指先の力加減を完璧に制御できる。どうせなら、いまから中畑の家でゆで卵を作り殻割りをしたいと思った。
中畑の家に卵は何個あるだろう。なかったら車を借りて買いにいこう。
「中畑さ…」
「実は今、吃音の症状に悩んでいます。どういうわけかリタリンが効いている間は大丈夫なのですが。」
「中畑さん、あの、どうい…」
「加えて、私はモグラの死体を他人の家のポストに入れて回ります。不思議なことにどちらも高熱が出た先月からのことです。」
中畑は僕の言葉を遮りそう言った。