シラスの靴2

用水路に架かった橋から下を覗くと鯉がたくさんウヨウヨしている。

 

クヨクヨしながら食べきれなかった食パンをちぎって「えいやっ」と投げてみる。

人差し指と親指でこねられた鼻くそみたいなパンの破片はたくさんの鯉に向かって垂直落下していく。威勢のよさそうな鯉がビチャビチャと水しぶきをあげて米粉の塊を奪い合う。

 

視線をビチャビチャと蠢く水中ハイエナたちから逸らせる。用水路の流れを目で追っていると群れから1メートルほど離れたところで僕と同じようにクヨクヨしながらポツンと一匹で泳いでいる灰色の鯉を見つける。

僕はその鯉にパンを差し入れしたいなと思う。再び人差し指と親指の腹で食パンを煉りクヨクヨした鯉に向かって投げてみる。

ポンッと水面にパンの塊が落ちるとクヨクヨした鯉が不思議そうに小さな球体の周りを泳ぎ始める。慎重な鯉。

鯉はクヨクヨしながらも口を控えめに開けパンを飲み込む準備をする。

お行儀のいい鯉。いただきますの舞。

クヨクヨくんはパンを食べようとするけれど群れの方から突然やってきた別の鯉が小さなパンの破片を横取りしてしまう。威勢のいい鯉。ビチャビチャと音を出している。

 

「僕も君も。もう少し図々しくならなきゃいけないね。」

 

休憩時間を終えて、用水路の近くにお店を構える料亭の従業員入口に僕は戻っていく。

 

「出前が一件入ってるよ。駅の近くの公園のところだね。サクッともってって。」

バイトの先輩はサワラの切り身が乗ったお弁当を4つバッグにいれて持たせてくれる。

 

先輩は用水路の近くにある女子大で数学の勉強をしている。僕と先輩は一回だけ台風の日に寝たことがある。だけどストロング缶を先輩の一番やわらかいところに塗って以来彼女は僕と寝てくれない。家にもあげてくれない。

 

先輩曰く「ストロング缶はデリケートなところに塗るべきものではない」らしい

 

大学で数学の勉強をしているとそんなことまでわかる。偉大な学問だ。

 

「サクッともっていきますよ。20分くらいですかね。」

「よろしい。」先輩は目を合わせてくれない。

マンコにストロング缶を塗ると女の子は機嫌を悪くしてしまうのだろうか。

でも僕たちはこうやって少しずつ他者を理解していく。ちょっとずつ前進していく。

 

「じゃあ行ってきますよ。」僕はサドルの付いていない自転車をスタッフ用の駐輪場から取り出す。お客様に会う前なので耳糞をほじりながら自転車のかごにお弁当のバッグを入れる。