御冗談でしょう?中畑さん。7
おめめの小さなもぐらさん
君はちょこっと下をほる
暗くてあったか、お土さん
ここは天国、君だけの
ひとつ、あたしもつれてって…
ー忘れられた歌
ふと 中畑は気が付く。彼は暗く湿った広場にポツンと一人で立っている。
少しずつ暗闇に眼が慣れてくる。自分の指先や足もとをあわてて確認する。
親指の根元にはちゃんと黒子がある。
彼は自分が自分であることを確かめホッとする。
目の前には橋がある。木の根のような植物で編まれた橋。
誰かが彼を呼んでいる「こっちへきて、足元には気をつけてね。」
中畑は躊躇いつつも橋を渡る。
橋を渡ると小屋が3つある。そのうちの1つから声が聞こえてくる。
「入っておいで。怖がらないでさ。カルピスもあるよ。」
中畑はドアを開ける。中にはもぐらがいる。
「座ってよ。カルピスもあるよ。」
中畑は木製の椅子に座る。小屋は不思議と明るく。快適だ。
「遠かっただろう。カルピスを飲みなよ。」
中畑はカルピスを飲み乾いた唇を湿らせ質問する。
「あなたは、だれなんだろう。」
「もぐらだよ。もぐらさんって呼んでほしいな。」
「もぐらさん。私ともぐらさんは、はじめましてなのかな。」中畑はコップをテーブルに置く。
「ぼくは中畑くんのことをずっと知っている。中畑君はそのことを知らない。そういうことだよ。カルピスのお代わり飲む?」
「いただくよ。」中畑がそう言うと、もぐらさんは濃いめのカルピスをテーブルに出してくれる。
「ここはどこなんだろう。もぐらさんは私に何か要件があるのかな」
「ここがどこかって言うのはそれほど重要なことではないよ。まあぼくが中畑君に伝えるべきことは確かにある。なんせそのためにわざわざ来てもらったんだからね」もぐらさんは細い目についた目ヤニを鋭い爪でこすりながらそう言った。
「単刀直入に言ったほうがいいよね。君をあんまり長い間不安にさせたくはないからね。本当はこんなことしたくないんだよ。それだけはわかってほしいんだ。聞いてくれるね?」
「なんだろう。」中畑はそう言った。
「君の「口」は「舌」は、今後とても重いものになってしまうってことなんだ。たぶんずっとね。君はこれから、何かを伝えきることの出来ないもどかしさを絶えずかかえていかなければならないんだよ。ぼくを責めないでね。カルピス飲む?」
「どうしてだろう。意味が分からないや。カルピスはいいや。ありがとう。」
「中畑君は自分の言葉で喋ることができないっていうことなんだよ。喋っているつもりでいたとしてもそれは中畑君の言葉ではないってことなんだよ。これでいいかな?」
「あまり、ぴんとこないな。じゃあいったい私の言葉は誰の言葉なんだろう。」
「ごめんねそれは言えないよ。あとね、残念だけどそろそろ時間なんだ。これから子供にご飯を食べさせないといけないからさ。中畑君、何度も言うけど僕を責めないでね。そうせざるを得ないんだよ。」
「バタバタしてしまったね。お先に失礼するよ。カルピス美味しかったでしょ?」
もぐらさんはそう言って、ドアから出ていった。
中畑も外に出た。彼は御殿山の地下駐車場で目を覚ました。